第3回 ひとり暮らしを始めて変わったこと


第1回 子どもの時にほにゃらと出会う

第2回 介助者と一緒につくる自分らしい生活

  第3回 ひとり暮らしを始めて変わったこと

Q今、Sくんが受けている介助について教えてください。

 

 

Sくん:

「平日は作業所に通っているので、朝、家を出発する2時間前に介助者に来てもらい、身支度や外出準備を手伝ってもらいます。夕方は帰宅後に5時間、介助者に来てもらい、トイレや着替え、入浴の介助、調理、洗濯などの家事をしてもらいます。休日は朝から夜まで、長い時で16時間、介助者から介助を受けています。」

 

 

Qひとり暮らしを始めるために大変だったことはありますか?

 

 

Sくん:

「介助時間について市役所と話し合ったり、介助者を派遣してくれる事業所を探すのが大変でした。使える制度などをほにゃらで教えてもらったり、相談したりしながら進めていきました。」

 

――介助者派遣事業所を探しているときは、自分がやりたい生活と事業所の考えが合わないこともあったという。それでも自分がどう生活したいかを大切にして、それに合った事業所をSくん自身で探せたのは、小さい頃からほにゃらで自分はどのような生活をしたいのか考える習慣があったからだろう。

 

 

Qひとり暮らしを始めて良かったことは何ですか?

 

 

Sくん:

「親の予定を気にせずに生活できるようになりました。親も介助のために予定を変えなくてよくなり、楽になったと思います。」

 

 

Q介助者と一緒に料理するのが楽しいと言っていましたが、普段どれくらい料理をしますか?

 

 

Sくん:

「普段は冷蔵庫の中にあるものでできるものを作ったり、時間がない時は出来合いのものを買ってきちゃいますかね。いつも似たようなものになっちゃいます。

先週の土曜日は、時間もあったし、冷蔵庫にあった食材の賞味期限が近かったので、お好み焼きを5食分くらいまとめて作りました。だいたい時間のあるときに、お好み焼きや炒め物などを多めに作って、その時食べる分以外は冷凍することが多いです。日曜日の夜は、卵の賞味期限が近かったので、ゆで卵をいっぱい作ったのと、ウインナーとブロッコリーの炒め物を作って食べました。平日は冷凍してあるものを食べることも多いです。できるだけ料理はしたいと思ってますが、忙しかったり疲れてたりすると、『冷凍してあるものを食べればいいや』となっちゃいます。」

 

 

松岡さん:

「基本的に介助者は、Sくんが何を食べたいかを聞き、作り方もSくんに聞いたり、Sくんと一緒にインターネットで調べたりしながら作ります。ただ、最近、介助者から見て、Sくんの体調や栄養バランスが気になり始めたので、Sくんに正直に『心配している』と伝えました。すると、Sくん自身も気になっていたようで、『食事のことは、自分でも何とかしたいと思っている』とSくんから言ってきたので、『じゃあ一緒に考えようか』ということになり、Sくんと一緒に食事について考え始めているところです。『Sくん自身も何とかしたいと思っているから、介助者も協力しよう』と他の介助者にも伝え、介助者からもSくんに声掛けするようになりました。」

 

 

Q土曜日にお好み焼きを作ったときは、どうやって作ったのですか?

 

 

Sくん:

「お好み焼きを作ったときは、介助者にだいたいの作り方を伝えて、介助者に作ってもらっている間は、自分はパソコンで来月、どこに遊びに行こうか調べていました。」

 

 

QSくんはよく介助者と一緒に出かけていますが、どこに行っていますか?

 

 

Sくん:

「1か月に1回は介助者と一緒に電車に乗って出かけます。あと、定期的にプールに通っていて、お昼ごろにプールが終わるので、そこから寄り道してから帰ることもあります。夜10時に介助が終わりになるので、8時半には家に帰るようにして、帰ってからお風呂や洗濯をするようにしています。

最近は畑の中を電車が走っている様子を写真に撮るために、農道に行きます。」

 

 

Q今まで介助者と一緒に一番遠くに行ったのはどこですか?

 

 

 「今まで介助者と電車に乗って、静岡の沼津や御殿場、栃木の日光などに行きました。僕の場合、目的地に着いて何かをするというより、電車を見に行くために、目的地まで時間をかけていくことがほとんどなので、目的地に着いて何かをするということはほとんどないんです。ほとんど目的の駅からは外に出ないで帰ってきます。

牛久にめずらしい列車が来るから行こうと思った時、その月の介助支給時間が上限より12時間くらい余っていたので、1回、成田空港まで電車で行って、それから牛久に行きました。その時は朝8時半に家を出て、成田空港に寄ってから、牛久駅に着いたのは夕方5時半でした。牛久駅では、常磐線の臨時列車を見に行き、いつもは止まらない時間に停車する列車を見て、そのまますぐにつくばに帰りました。牛久にいたのは1時間くらいで、つくばに帰って来たのは、夜8時半くらいでした。

 もうすぐ廃止される電車に乗りに、高校の友達と介助者とで伊豆に行ったこともあります。その時も、「休憩時間は、友達と介助者のお昼ご飯とトイレの時間だけでいいよね」という話になったので、現地には40分だけいて、帰ってきました。朝9時に家を出て、夜10時に家に帰ってきました。」

 

 

QSくんが電車で出かける計画を立てるとき、いろんなところに電話をかけていると聞きました。

 

 

Sくん:

「電車の時間等はインターネットで調べますが、乗り換える駅のバリアフリーがどうなっているか、インターネットで分からない時は、駅に直接電話して聞きます。なかなか車いすで行ける経路や、どこに車いすトイレがあるかがなかなか調べられない時は、1日12時間、ご飯とお風呂の時間以外は、朝から寝るまでずっと、いろんなところに電話をかけることもあります。

 今までで一番大変だったのは、姉が結婚する前に家族で温泉旅行に行きたいという話になったときです。私が全国の旅館に片っ端から電話をかけたのですが、100か所聞いても、車いすで入れる温泉は見つかりませんでした。温泉があるところの観光協会とか市役所に電話をかけたのですが、車いすトイレがないとか、手すりがないとか、駅から離れているけど、送迎車には車いすで乗れないとか、全部だめでした。

私以外の家族は「50か所以上に電話をかけて、入れるところがないなら、もう温泉はいいから、みんなでご飯を食べに行こうよ」と言い始めたのですが、家族も最初は温泉に行きたいと言っていたし、4人で旅行できるのは最後だという話になっていたので、私は何が何でも探してやると思っていました。

5ヶ月くらい電話をかけ続けて、温泉街ではないけれど、河口湖の旅館にイチかバチかで電話をかけたら、車いすトイレもあって、温泉にも入れて、送迎も大丈夫なところが1か所だけありました。

 そのときは介助者がいる時間すべてで電話をかけまくって、観光関係のところすべてに電話をかけまくって、関東周辺の旅館すべてに電話しました。」

 

 

QSくんがいろんなところに電話をかけているとき、介助者はどうしていますか?

 

 

Sくん:

「介助者には私のそばに座っていてもらいます。私が電話していて、言いたいことが電話の相手にうまく伝わらない時は、電話を介助者に代わってもらい、私の言いたいことを伝えてもらうこともあります。

 1日中、駅に電話をかけているときは、買ってきてほしいものを介助者に伝えて、介助者だけで買い物に行ってきてもらったり、作ってほしい料理を伝えて、私が電話をかけている間に、作ってもらったりすることもあります。」

 

 

松岡さん:

「Sくんが一日中電話をかけているときは、ご飯はいつ食べるのかなとか、お風呂に入る時間がなくなっちゃうなあとかは考えますが、介助者は基本的にSくんがやっていることをとめることはせず、Sくんが一日中電話をかけているなら、それをずっと聞いています。

電車に乗る予定を調べているときは、一人で考えるだけでなく、この距離を介助者に歩かせるのは大変ではないか、歩くのが大変だったら、バスやタクシーに乗れないかなど、介助者とも相談しながら、とことん調べています。そのためになら、何十件でも電話をかけまくる行動力には感心しています。」

 

 

Q介助者としてSくんと一緒に出かける時、松岡さんが気を付けていることは何ですか?

 

 

松岡さん:

「Sくんは事前にいろいろ調べてくれるので、基本的にはSくんのペースに合わせて、分からないことはSくんに聞くようにしています。

ただ事前にどんなに調べていても、予想外のことは出てくるので、Sくんが困っている様子だったら、一緒に調べたりして、どうしようか一緒に考えます。

一度、普通の時刻表には載っていない豪華寝台列車の写真を撮りに一緒に東京に行ったことがあって、Sくんが調べた情報によると、朝10時にその駅を通過するらしく、ずっと駅で一緒に待っていたんです。でもずっと待っていても、お目当ての列車は来なくて、Sくんは困っている様子だったので、介助者側から声掛けして、もう一度、一緒にスマホで調べてみると、Sくんが見た情報はガセだったことが分かりました。その日は、その後、違う電車を見に行きました。」

 

Q松岡さんから見て、Sくんが1人暮らしを始めて変わったと思うことはありますか?

 

 

松岡さん:

「路線を調べることや旅行の計画を立てることなど、好きなことを好きな時に好きなだけできるようになったと思います。親と一緒に暮らしていた時は『もうそろそろやめておきなさい』など言われることもあったと思うんですが、本人が好きなことをすることに対して、介助者は口を挟まないので、心置きなくやれているのではないですかね。

また、好きなことを好きなだけできるということは、Sくん自身にとってあまり関心の高くないことには手を抜けるようになったということでもあると思います。Sくんは料理にはあまり関心が高くないのですが、好きじゃないことはそれなりにすればいいという判断もできるようになったと思います。自分がこだわりたいことには時間をかけるけど、それほどではないことには時間をかけなくてもいいというように、自分の好きなことと好きじゃないことを何となく選べるようになったと思います。」

 

 

Q日常生活に必要なこと全てについて、Sくんがひとつひとつ介助者に指示を出していたら、自分の好きなことをする時間がなくなってしまいますからね。自分があまりこだわらないことは、適度に手を抜いてもいいんですね。

 

 

松岡さん:

「子どもの頃は、Sくんが1つ指示を出したら、介助者がその指示の通りにするのがSくんのペースでした。介助者が「こうした方が速くできるから、やっておくよ」と言って、Sくんのペースよりも速く動こうとすると、Sくんはパニックになってしまい、かえって時間がかかってしまうことがありました。でも、一人暮らしするようになった頃から、いい意味で臨機応変に、介助者を使えるようになったと思います。介助者がやった結果に満足できれば、全部を自分でコントロールしなくても、上手に介助者に任せることもできるようになりました。

Sくんは、小さい頃から介助者から介助を受けることで、介助者に指示を出すのが上手になったと思います。Sくんは昔からやりたいことがはっきりしていて、それを周りに伝えるのはできる子でした。そのやりたいことを実現するために、介助者とコミュニケーションをとるのがうまくなったと思います。

それは、子どもの頃から介助者を使う経験をすることで、Sくんが身に着けた能力だといます。そして、このような本人の成長に気づけることも、子どもの頃から関わってきたからこそだと思います。」

 

 

 

これからほにゃらに関わる子どもたちへ

 

Qこれからほにゃらに関わる障害のある子どもやその保護者に伝えたいことはありますか?

Sくん:

「ほにゃらキッズは、一人一人のやりたいことをどうしたらできるかをみんなで考える雰囲気の中で、介助者を使う練習もできたので、介助者になんでも頼んで大丈夫なんだと思えました。実際に1人暮らしを始めるには時間がかかりますが、介助者と外出する経験を重ね、親の予定に合わせなくても、好きなところに行けるんだなと分かったことが、ほにゃらキッズで学んだ大きいことだと思います。ほにゃらの介助者は、介助を依頼する時に、『何時から何時まで介助に来てもらいたい』と、自分で決める時間さえ守れば、電車などでどんなに遠くに行っても、ついてきてくれるので、介助者がいれば、どこでも行けるんだと分かって、これは楽しいぞと思いました。」

 

 

お母さん:

「子どもの頃から介助者を使うことに慣れてないと、大人になってから、親以外の人から介助を受けることが難しくなるという話も聞いたことがあります。なので、小さい頃から介助者を使っていた方がいいと思います。」

 

 

松岡さん:

「ほにゃらキッズの活動を続けていく中で、僕たちが関わった障害のある子どもの中からひとり暮らしを始める人が出てきています。活動している最中は、この活動が子どもたちの将来にどう関わってくるのか実感できていませんでしたが、ほにゃらキッズの活動が実際に何人かの1人暮らしにつながったということを実際に経験して、自分たちの活動は将来の子どもたちの『自立』につながるんだなと確信できた気がします。僕自身も、障害のある子どもたちや親御さんと関わらせてもらうことで、障害のある子どもや親御さんがどのような悩みを抱えているか学ばせてもらいました。ほにゃらキッズの活動を通して、Sくんや他の子どもたち、親御さんも成長した部分があると思いますが、僕自身も介助者として成長させてもらった部分もあって、自分自身の子育てにもプラスになっていることもあります。

ほにゃらキッズは特定のカリキュラムがあるわけではなく、その時々で何をやるかを、子どもと親御さん、障害のあるスタッフ、そして僕のような支援者で、お互いの経験や知恵を出し合いながら、対等な関係で話し合って決めていきます。カリキュラムがあった方が、『こうやれば、こうなります』とはっきり言えて、安心できる部分があるんですが、カリキュラムがない分、子どもひとりひとりに合わせて試行錯誤ができるからこそ、その子なりの成長を支援できる部分もあるのかなと思っています。」